キャラクター&開発コンセプト
水平対向4気筒ターボを搭載
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718 ボクスター
1996年にデビューした「ボクスター」の最新モデルが、今回の「718ボクスター」。2015年12月に車名と基本コンセプトが発表され、2016年3月のジュネーブショーで初公開。日本では2016年2月に受注開始、6月に発売された。
一番の特徴は、新開発の2.0Lおよび2.5Lの水平対向4気筒ターボエンジンを採用したこと。ポルシェが水平対向4気筒エンジンを搭載するのは、同じくミッドシップオープンだった914(1969~1975年)もしくは911のボディに4気筒エンジンを積んだ912E(1975年)以来、40年ぶり。ポルシェ自身はこれを“ダウンサイジング”ではなく、適正なサイズにするという意味で“ライトサイジング(Rightsizing)”と呼んでいる。
伝説のモデル名が復活
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718 ケイマン
ボクスターとほぼ同時に、クーペのケイマンも「718ケイマン」にモデルチェンジした。ちなみに718という名は、1957年から60年代初頭にかけてルマンやタルガフローリオといった名門レースで数々の勝利を飾ったレーシングカーの名が由来。開発コードは先代ボクスター/ケイマン(981型)の後継ということで982型となる。ボディは従来型を改良したものなので、客観的にはエンジン換装を主としたビッグマイナーチェンジと言える。
■過去の参考記事
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新車試乗記>ポルシェ ボクスター S (981型、7速PDK)(2012年11月掲載)
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新車試乗記>ポルシェ ボクスター (987型後期、7速PDK)(2009年4月掲載)
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新車試乗記>ポルシェ ケイマンS (987型前期、5AT)(2006年5月掲載)
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新車試乗記>ポルシェ ボクスター (987型前期、5AT)(2006年5月掲載)
価格帯&グレード展開
658万円からスタートだが
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718ボクスターS(左)と718ボクスター
今回発表されたのは2.0Lターボ(300ps、380Nm)のボクスターとケイマン、そして2.5Lターボ(350ps、420Nm)のボクスターSとケイマンSの4モデル。それぞれに6速MT、「PDK」と呼ばれる7速DCT(52万4000円高)、左/右ハンドルが用意される。現行911(991型)のMTは、PDKと同じ7速だが、ボクスター/ケイマンのそれは6速になる。
価格はこれまで、ケイマンの方がボクスターより高かったが、新型718では逆転し、ボクスターがケイマンの39万円高に設定された。
価格は以下の通りだが、デリバリーされる車両はこれに各種オプションを追加したものが多く(オートエアコンさえ13万9000円のオプション)、実際にはおおむね1000万円前後のクルマと考えてよい。
■718 ボクスター 658万円~
■718 ボクスター S 852万円~
■718 ケイマン 619万円~
■718 ケイマン S 813万円~
パッケージング&スタイル
前後リッド等は従来のまま
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試乗車はオプションの19インチ ボクスターSホイール、スポーツテールパイプ、ボディ同色ロールオーバー・バー装着車
試乗したのは718ボクスターの標準モデル。前後トランクリッドとフロントウインドウガラス、そして幌は従来981型と共通だが、それ以外の外装パーツは新デザイン。そこが「新型」と名乗る根拠でもある。初代986型、2代目987型までの名車550スパイダー風のデザインではなく、先代981型で採用されたスーパースポーツ的スタイルが今回も採用されている。
印象が大きく変わったのはリアで、「アクセントストリップ」と呼ばれるトランクリッド後端(電動スポイラーの下)がブラックアウトされ、そこに「PORSCHE」のメッキロゴが配された。前後のLEDライト類も新型であることを主張している(LEDヘッドライトはオプション)。
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Cd値(空気抵抗係数)はオープンモデルとしては優秀な0.31(クローズド時)
インテリア&ラゲッジスペース
新世代マルチメディア・システム「PCM」を採用
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試乗車はレザーインテリア、スポーツクロノパッケージ装着車
内装の基本デザインは従来通りだが、ダッシュボードに4つ並ぶ空調吹き出し口、そしてステアリングのデザインが変わった。また、新しいマルチメディア・システム「PCM(Porsche Communication Management)」が採用された。スマートフォンのようにフリック操作できる7インチのマルチタッチスクリーンを持ち、ナビゲーションのほか、車両情報の表示や車両設定ができる。オプションの地デジチューナーも装着可能。画面に手を近づけるとメニューが自動的に表示されるあたりは、最近VWで採用されている“Composition Media”を思わせる。
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Apple CarPlay
また、オプションの「コネクト・プラス」を装備すれば、WiFiホットスポットによって各種デバイスをインターネットに接続できるほか、Apple CarPlayによってiPhoneのアプリ操作や音声認識“Siri”を使うことができる。
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スポーツクロノパッケージに含まれるストップウォッチ。普段はアナログ時計になる
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センターコンソールはほぼ従来通り
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フロントのトランク容量は150L
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リアトランクの容量は5L減って125L。スポーツバッグや小型のスーツケースなら入りそう
基本性能&ドライブフィール
懐かしの“スバルサウンド”?
試乗したのはボクスターの標準モデル。6MTのベース車は658万円だが、試乗車にはオプションの7速PDK(52万4000円もする) 、レザーインテリア(64万7000円もする)、LEDヘッドライト(35万9000円)、スポーツクロノパッケージ(30万1000円)など約350万円分のオプションが付いて、締めて約1000万円。排気量2.0L、4気筒エンジンのクルマとしては、びっくりするくらい高価だ。
低めだが、乗り降りしやすい運転席に腰を落とし、スタートボタンで始動。新開発の水平対向4気筒・直噴シングルターボは、ある意味ポルシェらしい低く、くぐもった「ドォォォォォ」あるいは「ババババババ」的なサウンドで目覚める。
水平対向の4気筒ターボという点では、スバルのインプレッサやレガシィのターボ車と同じで、しかも4本のエキゾーストマニフォールドは1990年代までのスバル車と同じ不等長タイプ。おかげで、アイドリング時、特にスポーツモード選択時には「ドッドッドッ」と不敵なサウンドを発する。音は当時のスバル車に似ていないこともないが、どちらかと言えばポルシェの水平対向6気筒エンジンに似せている感じ。ま、このあたりは人それぞれで印象が違うだろう。
先代981型より確実に速くなった
最新の991型911では6気筒のままターボ化したのに、718型ボクスター/ケイマンでは4気筒にレスシリンダー化したのは、ミッドシップゆえにターボチャージャーやインタークーラーを収めるスペースがなかったからと言われている。ボア91.0mm(2.5Lは102.0mm)、ストローク76.4mmという超ショートストロークな数値は、現行911用の3.0L水平対向6気筒ターボと同じ。つまりは6気筒ターボから2気筒を省いたモジュラーユニットということになる。
標準モデルの2.0Lエンジンだと、最高出力は300ps、最大トルクは380Nm (38.8kgm)で、従来981型の2.7L 6気筒モデル(265ps、280Nm)に比べて馬力は35ps、トルクに至っては100Nm(10.2kgm)もアップしている。車重はさすがポルシェ、1390kgと比較的軽いので(ただし981型より重くなった)、パワーウエイトレシオは約4.6kg/psとなかなか素晴らしい。
おかげで0-100km/h加速は6MTで5.1秒、7PDKで4.9秒(スポーツクロノパッケージ付で4.7秒)。最高速は275km/hと文句なしの性能を誇る。さらに2.5L 可変ジオメトリーターボのボクスターSになると、0-100km/h加速は0.6秒短縮され、最高速は10km/h増しの285km/hに達する。加速性能はおおむね先代の6気筒より0.7~0.8秒、最高速は10km/h以上速い。
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電動リアスポイラーは120km/hに達すると上昇する
とはいえ、走り出せばターボエンジンであることはすぐに伝わってくる。つまり低い回転域でのレスポンスはそれほど鋭くないが、ターボが効き始めるとレッドゾーンが始まる7500rpmまで一気呵成に吹け上がる。そしてスポーツモードでアクセルを急に閉じると「ババババ!」とアフターバーンの音が響く。
試乗車は「スポーツクロノパッケージ」装着車で、ノーマル、スポーツ、スポーツ・プラス、インディビジュアルと、4つの走行モードが選べるほか、ローンチコントロール、レーシング・シフトプログラム、ダッシュ上のストップウォッチ等がセットで備わる。ノーマルモードはアイドリングストップが作動するほか、アイドリング音も静かだが、スポーツモードでは先ほどのようにドッ、ドッ、ドッと不等長サウンドが響くので、少々うるさい。
そんなところで気になるのは、やはり今まで続いてきた水平対向6気筒エンジンとの比較だろう。あくまで2.0Lの標準モデルに乗った印象で言えば、パワーは新しい4気筒ターボで十分だが、低回転でのレスポンスや高回転域のサウンドについては、6気筒が懐かしくなってしまう、というのが正直なところ。
乗り心地とハンドリングは完璧
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試乗車のタイヤは、前235/40ZR19、後ろ265/40ZR19のヨコハマ アドバンスポーツ
シャシー性能はもう完璧。最初に驚くのは、乗り心地がとてもいいこと。試乗車が「PASM」(電子制御ダンパー)装着車だったせいもあるが、オプションの19インチタイヤを履くにも関わらず、ゴルフ7の電子制御ダンパー付に遜色ないくらい、滑らかにフラットに走る。
ワインディングでは、ため息が出るほどのライントレース性と安定性を見せつけられる。ガチッとしたボディ、信頼できるブレーキ、鋭いのに怖くないハンドリングで、自信をもってスポーツドライビングを楽しめる。参りました。
高速域でのオープン走行も可能
オープンモデルということで、今回はクローズドとオープンの両方で走ってみた。
まずクローズド。室内に閉塞感はなく、男二人で乗っても快適性はまずまずだが、やはりエンジンをキャビン背後に搭載するミッドシップということで、静粛性はそれほど高くない。高速走行中にはオーディオの音を大きめにしたり、助手席の人と話す場合は大きめの声で喋る必要がある。このあたりは従来ボクスターと大きくは変わらない。
オープンにする場合、幌はこれまで通り、ロック操作も含めてボタン一つの全自動。しかもポルシェがラインナップする他の現行オープンモデル同様、50km/hまでなら走行中でも開閉できる。
風の巻き込みに関しては、頭上後方にディフレクター(これもオプション)があるので、ほとんど気にならない。風切り音さえ気にしなければ、高速道路でも苦痛なくオープンで走れる。この時の、風の下をくぐり抜けるような疾走感は、高性能オープンスポーツでしか味わえないもの。718ボクスターが最も生き生きする瞬間がここにある。
なお、試乗車にはなかったが、クルーズコントロールはオプションで5万9000円、そしてACC(アダプティブクルーズコントロール)は28万1000円もする。いやはや。
試乗燃費は6.3km/L。欧州複合モード燃費は13.5km/L
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給油口は右フロントフェンダーの上
今回はトータルで約100kmを試乗。あくまで参考ながら試乗燃費は、撮影のための移動や加減速が多かったため6.3km/Lだった。また、試乗前の履歴に残っていた計380km走行時の平均燃費は7.2km/Lだった。
欧州複合モード燃費は13.5km/Lで、JC08モード燃費は未発表。タンク容量は54Lで、使用燃料はもちろんハイオクだ。
ここがイイ
乗り心地、ハンドリング、パッケージング
718ボクスターに乗った誰に聞いても、感想が一致するのは乗り心地とハンドリングの良さ。つまりシャシーの良さ。PASMのない仕様だと若干印象が違うかもしれないが、それでもおそらく文句は出ないだろう。ボディ剛性の高さ、重心の低さ、マスの集中、前後重量配分の良さ、サスペンションなど、基本設計が優れているからだろう。
ミッドシップというレイアウトながら、前後合わせて275Lのトランク容量、大人2人が快適に過ごせるキャビンを実現しているのが素晴らしい。スポーツカーと言えど、ある程度の積載性がないと困るが、純粋性が薄れると魅力を失ってしまう。歴代ボクスターのパッケージングは最適解の一つと言えるだろう。
ここがダメ
エンジン、価格
ポルシェの水平対向6気筒モデルに乗ったことがある人なら、それと比べないわけにはいかないだろう。今回は4気筒、しかもターボということで、自然吸気の6気筒とはレスポンスも音も、まったく違うものになっている。今回のエンジンは完全新開発の初出だから、ポルシェお得意の熟成はこれからされていくのだろう。
ポルシェが高いのは今に始まった話ではないが、それにしても試乗した718ボクスターがオプション込みで約1000万円という事実には言葉を失う。これが2.5LターボのボクスターSだとフルオプションで1400万円を超えるし、この上にはオープンモデルだけでも、911カレラ カブリオレ(1510万円~)や911タルガ4(1610万円~)、911ターボS カブリオレ(2865万円~)といった、さらなるステップアップが用意されている。いやもう、さらに上を目指せるという意味では、むしろ「ここがイイ」かもしれないが。
総合評価
ラインナップは分かりやすくなった
一見変わっていないようにみえるボクスターだが、20年前、1996年デビューの初代986型、その8年後の987型あたりとは、もうまったく違う現代的なスタイリングになった982、でなく718ボクスターだ。987型から8年後の2012年に出たのが981型だが、そのパターンで行くと次は2020年だったはず。だが、今回4年という短いスパンでエンジンが大きく変わった982型が出て、しかも718と称するのには、いろいろな思惑が考えられる。ついついそこを詮索したくなるが、あまりとやかく言うのは止めておこう。何より時代の要請、ということだ。
事実としては、ポルシェの一番安いスポーツモデルが4気筒ターボエンジン・クローズドボディの718ケイマン、次にそのオープンモデルの718ボクスター、そして6気筒ターボエンジンの911、そしてそのオープンモデルの911 カブリオレなどと、ポルシェのスポーツカーは価格において自然で分かりやすいラインナップになった。その流れの中で、ケイマンやボクスターはフラット4だからと、栄光の718という呼び名を復活させた、という、これまた分かりやすい話になっている。
「最新は最良」という話
言い古された話だが、ポルシェは最新モデルが一番いい。「最新のポルシェは最良のポルシェ」というやつだ。逆に言えば、ポルシェは年を経て、だんだんと良くなっていくわけで、718もまずはそのスタートラインに立ったわけだ。とは言え本文にある通り、現状では最新モデルゆえ、最良のモデルでもある。新しいボクスターは4気筒ターボ。それが最良というわけだ。
ただポルシェの場合、最新が最良と言っても、いまだに空冷モデルを愛でる人が多くいるように、往年の最良を後々まで愛で続けるという世界もある。そしてそんな古いポルシェの人気は、時代によっても異なる。一時期はそれほど人気がなかった986型ボクスターも、昨今は手頃なポルシェのオープンスポーツとして人気となっている。つまりポルシェのスポーツカーは、人気の浮き沈みはあっても、やっぱりいいという評価、価値を失うことはない。たとえ20年前のモデルであっても。そこが他のクルマにはない、ポルシェならではの魅力だろう。しかも、例えばフェラーリなどのスーパースポーツと違って、そこそこ手頃な価格で手に入れられる。
ポルシェを着るなら
718は初の4気筒ターボゆえ、6気筒を知る者にとっては若干の違和感があるかもしれない。それは空冷が水冷になったときと同じだ。確かにエンジンのフィーリングは6気筒と異なるが、スポーツカーとしては何ら不満はない。だからこそ718という栄光のネーミングを復活させたのだろう。またこれからの時代はハイブリッドになったり、エンジンではなくモーターになる可能性だってある。クラシックカーメーカーでもない限り、それは当然のことなのだ。
かつて911乗りは、乗りこなすことを「ポルシェを着る」などと言ったものだが、相当に大きく重厚となった今日の911は、たとえ乗りこなしたとしても、着るなどというライトな感覚はない。そんな今、ポルシェを着る役目を果たすのはボクスターだろう。911よりもずっと気軽に乗れるのがボクスターのいいところ。サイズはそうたいして変わらないにもかかわらず、911に乗る時はなぜかやはりちょっと構えてしまうが、ボクスターならちょっと近所のコンビニまで乗っていける。高級なポルシェ 911 に比べて、まさにカジュアル。これぞカジュアルポルシェだ。そのカジュアル感に新しい4気筒はよく似合うと思うのだが、いかがだろう。