キャラクター&開発コンセプト
「今どきの女性」向け“新感覚スタイルワゴン”
2016年9月7日に発売された「ムーヴ キャンバス」は、“今どきの女性”をターゲットに、デザインと便利さの両立を目指した“新感覚”の軽自動車。プレスリリースには「近年の女性の行動特性」に着目し、親子同居世帯も含めて「自身のライフスタイルを楽しむ女性」や「育自ウーマン(自分磨きや自己投資を怠らず、アクティブに新しい何かを求める女性)」に向けて企画開発したとある。
車名はムーヴだが、メカ的にはタントが近い。全高1700mm以下のいわゆる軽トールワゴン(ムーヴ、ワゴンR、Nワゴンなど)ではヒンジドアが一般的だが、キャンバスはタント同様に両側スライドドアを採用している。ただし「ミラクルオープンドア」が売りの現行タントと違って、助手席側にはBピラーがある。
車名Canbusは、キャンバス(帆布、油絵を描くキャンバス。スペリングはCan“vas”)、そしてCan(何でもできる)とBus(ミニバスのようなデザイン性)が由来とのこと。
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2015年秋の東京モーターショーに出展されたコンセプトカー「ヒナタ」
月販目標は5000台で、発売後一ヶ月間の受注台数は約2万台と好調。主な購入層は20~30代女性だが、「シックなカラーは男性にも好評」(ダイハツ)とのこと。
■外部リンク
ダイハツ公式サイト>プレスインフォメーション (PDFファイル、2016年9月7日)
■過去の参考記事
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新車試乗記>ダイハツ タント (2014年7月掲載)
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新車試乗記>ダイハツ ムーヴ (2013年2月掲載)
価格帯&グレード展開
自然吸気エンジンのみで118万8000円から
パワートレインは自然吸気エンジン(52ps)とCVT(無段変速機)の組み合わせのみ。全グレードに4WD(12万4200円高)が用意されている。
価格は118万8000円からスタートし、衝突回避支援システム「SAII(スマートアシスト2)」付が125万2800円~、内外装がメッキ加飾される「メイクアップ」仕様が141万4800円~、軽初の「AFS(Adaptive Front-lighting System)」機能付Bi-Angle LEDヘッドランプを装備したGグレードが149万0400円~。
AFSはステアリング操作や車速に応じてヘッドライトの照射範囲を左右に可変するもので、コーナー内側のランプは最大15度、外側のランプは最大7.5度動く。
ボディカラーは単色が9色、ストライプス(2トーンカラー、6万4800円高)が6色の、全17色。
パッケージング&スタイル
軽サイズの現代版タイプ2
昔からのクルマ好きが見れば「ああ、ワーゲンバス(タイプ2)みたいだ」というのが第一印象だろう。丸っこいデザイン、水平基調の胴長キャビン、2トーンも選べるパステル調ボディカラーがあいまって、いかにも軽サイズの現代版タイプ2に見える。女子受けを狙ったデザインだが、その意味ではオジサンにも受けそうだ。
ボディサイズ的には、ムーヴよりちょっと背が高い(+25mm)というより、タントのルーフをチョップした感じ(タントより95mm低い)。ありそうでなかったのは、両側スライドドアのまま、背を低くしたことだろう。ホンダのN-BOXスラッシュは背を低くするにあたってスライドドアをヒンジドアに変更したが、キャンバスを見るとスライドドアのままでも良かったのでは、と思えてくる。
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フォルクスワーゲン タイプ2
インテリア&ラゲッジスペース
アットホーム感と便利さの二重攻撃
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Xは速度計のみ、上級グレードのGには回転計が備わる
意外に現代的というか、はっきり言えばタント風のインテリア。センターメーターやインパネシフトのあたりなどがそうだ。それでも、アイボリーにアクセントカラー(水色、ピンク、ブラウン)を合わせた2トーンの内装、メッキ加飾(メイクアップ仕様)など、デザインにはこだわっている。さらに両側スライドドア(上級グレードは両側電動)、乗り降りのしやすさ、ちょうどいい高さの天井、後席の圧倒的な広さなど、使い勝手や居心地も悪くない。
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トレイ、アッパーボックス、ポケットなどユーティリティは徹底している
装備面でのトピックは、メーカーオプションでダイハツ初のパノラマモニターが用意されたこと。これは他社のものと同様、前後左右にある4つのカメラで真上から見たような映像をナビ画面に表示するもの。販売店オプションの対応ナビには7インチと8インチが用意されている。
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リアシートは左右別々に240mmロングスライド&リクライニング
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小ぶりだが、座り心地のいいフロントシート。シートリフターとチルトステアリングは主力グレードに標準
「置きラクボックス」に負けた
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「置きラクボックス」。いちおう耐荷重は5kg
ユーティリティ装備の売りは、新開発の「置きラクボックス」。リアシートの座面下にタンスの引き出しのようなボックスがあり、そこに手荷物や買い物袋を置いたり、収納できたりするものだ(Lグレード以外に標準)。これで荷物がリアシートから落ちたり、荷物を足元に置いたりしなくて済む。しかもキャンバスはスライドドアだから狭い駐車スペースでもドアを全開にできるし、荷物を入れた後は、直線的な導線で前席に乗り込める。ライバルメーカーが「やられた」と思う部分だろう。
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背もたれをリクライニングさせた「ロングソファモード」
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中敷きを立ち上げた時の「バスケットモード」
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荷室拡大時。背もたれを倒しても、少し段差が残る
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床下には「大容量深底ラゲージボックス」、パンク修理キット、ジャッキが収まる
基本性能&ドライブフィール
自然吸気でも意外によく走る
試乗したのは中間グレードのX “SA II”のFF車(136万0800円)。エンジンは自然吸気の3気筒、ダイハツ定番のKF型(52ps、60Nm)で、車重は920kgとタントより10kg軽いだけ。パワーウエイトレシオは17.7kg/psで、やはり自然吸気のタント同様に、非力感は否めないだろうと予想していた。
ところが、実際に走り始めると、デビュー時に乗った現行タントと比べて、なぜか「あれ? よく走るなぁ」という印象。エンジンやギア比などの諸元は一なのだが。家の近所や市街地など、制限速度40km/h、50km/hといった一般道を走るには、当然ながら十分なパワー。女性ならむしろ、これくらいの方が安心という人も多いだろう。
乗り心地や操縦安定性も不満なし
乗り心地はやや硬めだが、その分だけ操縦安定性は良好。グラグラ感はほとんどなく、車線変更も安心してできる。ワインディングでもかなり意図的にこじったりしない限り、VSC&TRC(全車標準)は介入してこない。
高速道路でも、少なくとも平地の100km/h巡行なら、エンジンの唸りはほとんど気にならない。ただし追越加速や登り坂は苦手で、急こう配で100km/hを維持しようとすると、まさに床までアクセル全開になってしまうが、トラックの流れに合わせる分には問題なし。風切り音が意外に小さいのも、触れるべきポイントだろう。
スマアシIIや軽初のAFSを採用
衝突回避支援システムの“スマアシ”こと「スマートアシストⅡ(SAII)」は、赤外線レーザー、単眼カメラ、ソナーセンサー(後方)の組み合わせで、追突回避や衝突被害軽減をしたり、歩行者との衝突や車線逸脱を警告したり、ペダルの踏み間違えによる誤発進を抑制したりするもの。たった6万4800円高なので、買うなら当然スマアシ付がおすすめだ。
なお、試乗車には「AFS」機能付のBi-Angle LEDヘッドライトは装備されておらず、一般的なマルチリフレクター式のハロゲンだったが、これがとても明るく、山間の夜道でも不満を感じなかった。しかもオートライトはLグレード以外の全車に標準装備。ただし、トヨタの衝突回避支援パッケージ「TSSC(Toyota Safety Sense C)」に付いてくるオートマチックハイビーム(先行車や対向車を認識して自動でハイ・ローを切り替えるシステム)は採用されていない。
試乗燃費は14.9~20.8km/L。JC08モード燃費は28.6km/L
今回はトータルで約250kmを試乗。試乗燃費は、一般道と高速道路を走った区間(約80km)が14.9km/L。一般道と高速道路を大人しく走った区間(約70km)が20.8km/L。試しに一般道をエアコンオフで大人しくエコ運転したら(約30km)、22.0km/Lまで伸びた。
JC08モード燃費は、FF車で28.6km/L、4WD車で27.4km/L。タンク容量は30Lだ。買い物や送り迎えの足で乗ると15~17km/L台は必至だろうが、燃費性能はとりあえず十分だろう。
ここがイイ
デザイン、パッケージング、意外に走りもいい
言ってしまえば、ハードウエア的には「背が少し低いタント」だが、よくまとまったデザインとタント譲りのパッケージング、使い勝手を兼ね備えていて、確かにダイハツが言うところの「デザイン×ベンリ=あたらしい」になっていること。
また、自然吸気エンジンでありながら、走りの面でも大きな不満を感じさせないこと。デビューしたばかりの現行タントに乗った時と、そのあたりの印象が違ったのは、気のせいなのか、それとも改良されているのか。
ここがダメ
求む、ターボモデル
女性ユーザーにはノンターボで十分とダイハツが判断したのは分かるが、男子目線で言えばやはり、このボディに自然吸気エンジンは非力。モーターデイズ的には、たとえ女性でもやはりターボの方がいいのではないかと思う。燃費もそう大して変わらないはずだ。デザインはこのままでいいから、ターボ車の追加を期待したい。
総合評価
ワーゲンバスへのオマージュ
先日、1991年に出たザ・ビーチボーイズの中古CDを買った。25年前の商品とはいえ500円(嗚呼)。「レアリティーズ」(ビートルズや山下達郎にも同名のアルバムがあるが、それとは別)と「「ビーチボーイズ・メドレー」という二枚のレコードを一枚のCDにまとめたもの。面白いのはメドレーで、1960年代のヒット曲がノンストップでつながっている。81年頃の企画のようで、当時はこうした一種のベストアルバムが流行ったものだ。
このレコード、いやCDを聞いていると、混迷を深める大統領選に象徴される今のアメリカではなく、まさに古き良き1960年代初頭のアメリカ、そしてその後のウェストコースト文化が懐かしく思い起こされる。この時代の記憶があるので、中高年は今、なかなかアメリカにNo!と言えない、と思ったりするのだが、それはさておき、アメ車以外でこの時代を象徴するクルマと言えば、やっぱりフォルクスワーゲンだろう。むろんビートルだが、それ以外ではタイプ2と呼ばれたワンボックスカー、俗に言われる「ワーゲンバス」があった。
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フォルクスワーゲン Bulli Concept (2011 東京モーターショー)
このクルマ、最近までブラジルで作られていたようだが、最後の生産車が日本へも並行輸入されている。さすがにエンジンは空冷ではなく水冷だが、まだ新車があることを知れば、思わず欲しくなってしまう人は多いのではないか。日本ではキャンパー仕様で出されているようで、ワーゲンバスのキャンパーというのも実にカリフォルニアっぽく、これまたグッと来てしまう。
そんなワーゲンバスは今でも世界中で人気があるようで、本家のVWも新しいバスの電気自動車コンセプトを2011年に発表している。これが相当にかっこよく、出たら欲しいと思っている人はまわりにもずいぶんいる。また日本においては軽ワンボックスをワーゲンバス風に改造するのが久しく人気だ。タイプ2と同じRRのスバル サンバーをベースにしたものが有名だが、それ以外をベース車にしたものもあって、街中でちょくちょく見るほどポピュラーなカスタマイズだ。
と、ここまで書いてきたのは、キャンバスはまさにそんなワーゲンバスへのオマージュではないかと思うからだ。いや、軽だからワーゲンバス風カスタム車へのオマージュか? ダイハツもきっとそのつもりだろう。英語の綴りもCANVASではなくCANBUSなのだから。なにしろホワイトとパステル系カラーのツートーンカラーリングなど、これはもうどう見てもワーゲンバスでしょう、と言うしかない。
かつてダイハツにはミラジーノという、モチーフはミニだなあ、と思える軽があった。メーカー的にはミニじゃなくて、1960年代のダイハツ コンパーノだ、ということだが、そんなクルマを知らない多くの女性が「ミニっぽい」ということで買ったのは事実だろう。ミラジーノは4ドアだったので、現行MINIより先行していたとも言えるのが面白い。
ウエストコーストの風が……
そしてキャンバスだ。否定的にいう気は全くない。素直な気持ちで、これ、すごくいい。試乗車はモノトーンだったが、やはりこのクルマはツートーン(カタログ的にはストライプス)がいいだろう。昨今、屋根を白や黒で塗装するのが一斉に流行っているが、それに加えてボンネットとウエストラインを白で塗り分けたことで、まさにウエストコーストの風が吹いた。白とパステルだけでなく、グレーと赤系の塗り分けも渋めでいい感じだ。
室内を見ても、背の妙な高さは感じられない。フロントウインドウもほどほどに小さめで、タントのように金魚鉢に入っている感はない。むろん、室内は十分広いし、収納のアイデアも文句はない。スライドドアもヒンジ式より絶対便利と断定しておこう。“バス”ならやはりこれだ。
何より気に入ったのは、運転席正面ダッシュボードの物入れを開くと、そこにピタリと6インチサイズのスマホが収まること。通常ならメーターがある部分に大画面スマホを置けるのは、センターメーターならではの恩恵。これまでセンターメーターを評価してきたことが、ついに報われた気分だ。跳ね上げたカバー部分は走行中も下がってこず、サンバイザー的役割もしそう。これ、意図的に設計されているのだろうか。
ここまで肯定的に言えるのは、走りにも文句がなかったから。NAだが、よく走る。絶対的にはパワー不足だから、高速道路の長い上り坂ではターボが欲しくなるが、高速走行でも平地なら、ほとんど不満がない。市街地はもうこれで十分だ。ワインディングでも落ち着きがあり、背の高さを意識することはほとんどなかった。エンジンをぶん回すと燃費はみるみる悪化するが、一般的な走り方では不満ないレベル。静粛性も高くて、これなら日常で使って文句を言う人はまずないだろう。
ダイハツには男性向けと思われるウェイクやカスタム系があるので、キャンバスは女性向けに徹しているが、実はこれ、メーカー的には男性にも乗ってもらいたいモデルだと思う。実際、1960年代を知る中高年がそのまま普段の足にしたり、ちょっとカスタムをしたりしても似合いそうだ。ハスラーは定年後の足にいいなあ、と以前書いたが、キャンバスもいい。ホイールは全グレード鉄+ホイールキャップで悪くはないが、これを交換すれば、ますます雰囲気が出るだろう。1960年代のポルシェにあったフックスホイール風のデザインとか出ないだろうか。アフターパーツメーカーにもがんばってもらいたいところだ。
トヨタの完全子会社となったダイハツ、そしてそのトヨタと提携するスズキ。三菱はルノー日産傘下となるなど、軽自動車メーカーは激動の時期を迎えているが、ダイハツもスズキも素晴らしい軽を作る。これこそ日本の誇りだと思う。日本の「足グルマ」はもはや軽で十分ではと言ってきたモーターデイズとしては、男性の乗りたいと思える軽がまた一台登場したことを素直に喜びたい。