キャラクター&開発コンセプト
5速MT採用の“軽ホットハッチ”
![]()
東京モーターショー2015に出展されたアルト ワークス(参考出品車)
新型「アルト ワークス」は、現行アルト(2014年12月発売)から派生した高性能モデル「アルト ターボRS」(2015年3月発売)をベースに、さらに尖ったモデルとして誕生した“軽ホットハッチ”。2015年秋の東京モーターショーにて参考出品車としてサプライズ出展され、クリスマスイブの12月24日に発売された。
ターボRSでは、いわゆるセミATの、5速オートギヤシフト(5AGS)のみだったが、ワークスではユーザーの要望に応えるため、新たに専用開発された5速MTを設定(5AGSも併せて用意)。「クルマを操る楽しさを追求し、さらに走りを磨き上げた軽ホットハッチ」を目指し、最大トルクを若干引き上げたエンジン、専用チューニングを施したサスペンション、そして専用レカロ製フロントシート等を採用している。
開発の念頭にあったのは、1987年に初代が登場し、1990年代にかけて人気を得た往年のアルトワークス。開発陣は1年にも満たない短い開発期間の中、かつてのアルトワークスを何台か集めて試乗し、新生アルトワークスの方向性を探ったという。今回の新型アルトワークスは、2000年の販売終了以来15年ぶり、「ワークス」としては2009年に販売終了した「Kei ワークス」以来6年ぶりの復活になる。
5AGS仕様も用意されたが、広告キャッチコピーは「いま、マニュアルに乗る。」。販売目標台数はアルト全体(アルト、アルト ターボRS、アルト ワークス)で月間7500台。
■過去の新車試乗記
・
スズキ アルト ターボRS (2015年4月掲載)
・
8代目スズキ アルト (2015年2月掲載)
価格帯&グレード展開
150万9840円~。セミATや4WDも用意
![works-02pr.jpg]()
ボディカラーは、写真のスチールシルバーメタリック、パールホワイト(試乗車)、ピュアレッド、ブルーイッシュブラックパール3の全4色
普通のアルトにはCVT(無段変速機)もあるが、ワークスには5MTと5AGSを用意(価格差なし)。4WDは10万8000円高。なお、5MT仕様では、レーダーブレーキサポート(自動ブレーキ)やアイドリングストップが省略される。なるほど、ここで浮いた分を専用設計の5MTに投入してるのかも。
ディスチャージヘッドランプ、フルオートエアコン、キーレスプッシュスタートシステム、レカロシートは全車標準。スチールシルバーメタリック、パールホワイト塗装車は2万1600円高。
■アルトバン(5MT/5AGS)
FF:69万6600円~ / 4WD:88万5600円~
■アルト(5MT/5AGS/CVT)
FF:84万7800円~ / 4WD:95万3640円~
■アルト ターボRS(5AGS)
FF:129万3840円~ / 4WD:140万5080円~
■アルト ワークス(5MT/5AGS)
FF:150万9840円 / 4WD:161万7840円
パッケージング&スタイル
派手さを抑えた、渋めの仕上げ
外観は基本的にベース車のアルトやアルト ターボRSと同じ。3連横スリット付きのフロントグリルはターボRSと同じだが、アルトワークスにはその反対側にWORKSロゴの入ったフロントバンパーアッパーガーニッシュ(カーボン調)と、エンジン冷却のためのスリットが備わる。
また、ターボRSの外観がメッキパーツや赤の指し色を使った、いかにもスポーティなものだったのに対して、ワークスでは逆に、派手さを抑えた渋めの仕上げになっているのが面白い。ヘッドランプはブラックメッキ仕上げ、前後バンパーロアガーニッシュはガンメタ、サイドデカールは黒基調、ターボRSからリム幅を0.5J拡げたワークス専用15×5Jアルミホイール(エンケイ製)はブラック塗装と、かなり色彩を抑えた感じになっている。このあたり、往年のワークスを知る「大人」がターゲットだからかも。
![]()
全長3395mm×全幅1475mm×全高1500mm、ホイールベース2460mm
インテリア&ラゲッジスペース
5速MTと合わせて、“フロアシフト”も新採用
黒基調のインテリアには、レッドステッチの入った本革巻ステアリングホイールやシフトブーツ、サテンメッキ調の空調吹き出し口、ステンレス製ペダルプレートといったワークス専用装備が備わる。特に注目したいのはシフトレバーの位置。べース車のアルトは、5MT/5AGS共にインパネシフトなのだが、ワークスではいわゆるフロアシフトを新設計している。諸々のコストを考えると、なかなか通りそうにない話だが(特にスズキでは)、それが通ってしまったところにスズキファンの声や、開発陣の意気込みがうかがえる。
![]()
ワークスでは新設計のフロアシフトを採用。ストロークも短く、カチカチと決まる
![]()
滑り止め付きステンレス製ABCペダル。見た目や操作感は悪くないが、求むフットレスト
専用レカロ製フロントシートを採用
![]()
レカロ製シートは、軽の室内に収めるべくショルダー部の張り出しを抑え、リクライナーのダイアルを内側に変更したもの
ワークス専用装備の中で、最も価値あるものが、専用レカロ製フロントシート。ホールド性、座り心地はまさにレカロらしいもので、他社のもっと高価なスポーツモデルに引けを取らない。150万円そこそこの車両価格を思えば、作りも十分に満足いくレベルだと思う。ただし、おそらくシートレール部分のスペースがなかったのだろう、座面の高さや角度の調整機構はなく、またステアリングのテレスコピック機能もないため、ポジション調整についてはやや不満が残る。
後席に関しては、広さは十分だが、シートが全体に小ぶり、かつ平板で、座り心地はいまいち。また、目の前に立派なレカロシートが立ちふさがり、前席との格差を感じてしまう。居住性だけでなく、心情面でも短距離ユースに限りたい感じ。
![]()
後席は足元こそ広いが、座面と背もたれ、共にクッションが小ぶりで、座り心地はいまいち
![]()
フロントシートの背面にもラリーカーよろしく「RECARO」の文字が。
![]()
荷室は簡素な作り。後席背もたれは左右一体で倒れるタイプ
![]()
荷室床下にはパンク修理キットとジャッキ、そして若干の収納スペースがある」
基本性能&ドライブフィール
ギア比だけでなく、操作感もいい5MT
試乗したのはFFの、もちろん5速MT車(150万9840円)。
ボディサイズに不釣り合いなほど、立派なレカロシートに腰かけ、クラッチを踏んでスタートボタンを押すと「ボボボボ」と3気筒ターボエンジンの不敵で生意気なサウンドが響き始める。レカロシートのヒップポイントは高めで、気分としてはもう少し下げたいところだが、調整はできない。アルトワークスを選ぶような人なら、まず最初に気になる点だろう。あと、左足で踏ん張ろうと思ったらフットレストがない。純正アクセサリーにもないようだが、すぐに社外品が出てきそうだw。
ワークスのために専用開発したというショートストロークの5速MTは、メーカーが主張する通り、FF用横置きミッションとしては最高レベルにカチカチとシフトが決まる。シフトミスはまずありえない。そして1速~4速をクロスレシオ化したというギア比によって、パワーバンドを外すことなく、リズムよくシフトチェンジしてゆける。あと、クラッチペダルの操作感も悪くない。軽のMT車だと、踏力が妙に軽かったり、ミート感が曖昧だったり、ジャダー(振動)が出たりすることが多いが、そういうことがない。
ちなみに、今回試乗しなかった5AGSの方には、ターボRSよりスポーティな、ワークス専用の変速制御プログラムが採用されたほか、変速スピードも最大10%速くなっているという。
パンチのあるエンジン
走り出すと、ギア比自体は5AGSより高めの1速で、まずはギュンッ!と瞬間的に加速。すぐに2速にシフトアップしてギューン! 3速でギュィーン!とシフトアップしながら、3点バーストで連射するように小気味よく加速する。ターボラグはない、というか、感じる暇がない。サッカー解説風に言うと、“動き出しが速い”。
エンジンはスズキ軽でおなじみのR06A型ターボ。最高出力こそ64ps/6000rpmとターボRSと同じだが、
冷却水制御温度を88度Cから82度Cに下げるサーモスタットを採用したことで、燃焼室周辺の冷却性能を向上し、充填効率向上やノック回避を実現したことで、最大トルクは2Nm(0.2kgm)増えて100Nm(10.2kgm)/3000rpmの大台にのせている。
FFの5MTで670kgしかない車重に対して、排気量1Lエンジン並みのトルクはなかなか強力。クロスレシオのミッションとあいまって、小気味いい加速を見せる。問答無用の「速さ」を求めたら物足りないが、「楽しさ」を求めるなら、これで十分だ。
![]()
写真では消灯しているが、ターボ過給圧が低い時は白、高まると赤に光る「ブーストインジケーター」をメーター内に装備する
ただ、冷静に観察すると、アクセルの踏み方(踏み込み速度や開度)や速度域によっては、5000rpmを越えたあたりで一度トルクが落ち込むというか、過給圧を手加減する感じがあり、そこから6000rpmに向けてまた少し盛り返す、みたいな出力特性を感じる。これはあくまで推測だが、本当は無理なく80psくらい出せるのに(スズキ製660cc「K6A型」ターボエンジンを積んだ
ケーハタム セブン 160がそう)、それだと自主規制を越えてしまうわけで、かといって高回転域で急にパワーを絞ると頭打ち感が出るから、最後の伸び感を重視して調整した……みたいな配慮が感じられる。
いずれにしろ、シャシーは二昔前のアルトワークスと比べれば雲泥なほどしっかりしているから、かつてのように「うわっ、これどこ行っちゃうんだ」的な過激さは、当然ながらない。
レカロシートありきの硬さ
乗り心地は、予想と期待通り、明らかにターボRSより硬い。今どきの量産車ではあまりない硬さで、ちょっぴり懐かしさを感じるほど。
とはいえ、少なくとも前席では、ホールド感に優れたレカロが振動成分をほとんど減衰してしまい、そんなに気にならなかった。ワークスを選ぶ人なら、たぶん乗り心地に不満は感じないだろう。ただ、クッションの薄い後席で長時間揺すられるのは辛いと思う。
ワインディングでもパワーは十分。ギア比もバッチリ。クロスレシオの5MTは、1速で約40km/hまで、2速で約80km/hまで、3速で100km/h+までカバーするが、3000~4000rpmのトルクがあるので、レッドゾーン手前まで引っ張る必要はない。もちろん、サーキットではともかく、日本の低速ワインディングを軽く楽しむなら十分だろう。
ボディ自体は要所が補強されているターボRSとほぼ同じだが、サスペンションにはロールスピードを抑えるべく、減衰力をターボRSの2倍程度の高めた専用チューニングのKYB製ショックアブソーバーを採用。タイヤ自体はターボRSと同じブリヂストンのポテンザRE050A(165/55R15)だが、アルミホイール(ターボRSと同じエンケイ製)のリム幅を0.5インチ増やして横剛性を高めるという技も使っている。また、電動パワステの制御マップもワークス専用で、操舵フィールのダイレクト感を高めているという。
つまり、足まわりはガチガチではなく、ターボRSをベースに減衰力をちょっと上げて、動きもちょっとシャープにした、という感じ。アンダーステアやオーバーステアといった挙動ははっきり出て、それをESPがガガガガッと介入して抑え込みつつ、660ccターボでグイグイ元気に走り回る、という感じのスタイル。パワーがそこそこだし、ボディは軽いし、挙動が素直なので、ヒヤッとすることや、いやーなドキドキ感や、ストレスがない。
ただ、調子にのってペースを上げていくと、ターボRSと同じブレーキが少し頼りなく思えてくる。フロントはベンチレーテッドディスクだが、ディスク径は小さく、リアはドラム。たぶんブレーキを強化すると、ボディやタイヤもこのままでは済まなくなりそうだが。また、ABSやESPが少しジャマに感じられる瞬間があるのも気になった。ESPのオフスイッチはあるが、ESPオフだと、今度はかえって走りにくくなる印象も受けた。
あと、速度域が高くなってくると、段差やギャップを乗り越える時に、ステアリングを通してガツン!とハーシュネスが伝わってくる。この辺は足まわりを硬めたことによる、唯一のネガと言っていいかもしれない。
高速巡行も快適にこなす
5速トップのギア比は、ターボRSやワークスの5AGS仕様より低めで、100km/h巡行時のエンジン回転数は、5AGSの約3400rpmに対して、メーター読み3900rpmくらい。数字だけ聞くとずいぶん高めだが、実際のところエンジンは静かにスムーズに回っていて、無理をしている感じはまったくない。燃費のことを考えると80km/h巡行くらいが良さそうだが、100km/h巡行でも快適性は十分。140km/h+で作動するリミッターさえなければ、160km/hくらいは出そう。
直進安定性は高く、下手な普通車ミニバンよりいいと思えるレベル。車重670kgとは思えない安定感がある。速度に比例してロードノイズやら風切り音はそれなりに高まってくるが、静粛性もまずまず。高速道路を使ったロングドライブも、そう無理なくこなせると思う。
試乗燃費は13.4km/L。JC08モードは23.0km/L(FFの5MT)
今回はトータルで約150kmを試乗。参考ながら試乗燃費は、一般道と高速道路を走った区間(約90km)が13.4km/Lだった。JC08モードは23.0km/Lだから、エコ運転すればもう少し伸びるのでは。
ちなみに5AGS仕様のJC08モードは、23.6km/L。5MTよりちょっと良いのは、5速トップのギア比が高いからだろう。ビスカス式の4WDは、5MTと5AGS共に、FFよりそれぞれ1.0km/Lダウンする。タンク容量は駆動方式に関わらず27L。
ここがイイ
エンジン、ミッション、レカロ製シート、軽量ボディ
十分なパワー、操作感のいい5MT、エンジン特性にばっちりあったクロスレシオと、「64ps」という自主規制の枠内であれば、パワートレインについてはほぼ不満なし。試乗前は、できれば6MTだったら良かったのに、と思っていたが、これなら5速でもいいと素直に思えた。
レカロ製シートについては、本文でも触れたように座面高を調整できない点が惜しいところだが、この車両価格で、これだけのものが標準装備されることは、素直に感謝すべきだろう。しかも狭い室内に大柄なレカロシートをねじ込むため、ショルダーを削るなどの専用の工夫が施されている。座面の高さは、背の高い人はちょっと分からないが、標準的な体格の人なら順応できると思う。
先回のイグニスでも触れたが、スズキの軽量化技術はここに来て、ものすごく大きなメリットになっている。このアルトワークスでも、一通りの快適・安全装備や、重そうなレカロシートを標準装備しながら車重はわずか670kg。これはもう、ちょっとあり得ない軽さ。馬力こそ64psという枠に収まっているが、往年のワークスを彷彿とさせる速さを体感できるのは、この軽さあってのこと。
その軽さは燃費にも効いているのだろう。これだけよく走るのに素晴らしく燃費がいい。走り(の楽しさ)に対する燃料費で見たら、ものすごく経済的なクルマではないか。
ここがダメ
ワークス専用の通風口、高めのヒップポイント、フットレストの不備など
フロント部分にワークス専用の冷却用インテークが新設されているが、デザイン的にはターボRS同様に、なかった方が良かったと思う。スッキリとグリルレスなのがスズキデザインのいいところだと思っているが、シンプルなデザインのベース車に比べて、顔がなんだかゴテゴテしてきた。同様にメガネガーニッシュがメッキなのもいただけない。ブラックメッには変えられるようだが、ここはすっきりとボディ同色がいい。そしてワークスならば、やはりボンネットにエアインテークがあるといい。つまり顔はノーマルアルトで、フード上にはエアインテークというのが、ワークスにはふさわしいと思うのだ。また、ノーマルのアルトにあるグレーのバックドアは、ワークスにこそ似合うと思う。これの設定も欲しい。
レカロは座り心地、ホールド性、質感など、期待を裏切らない作りだが、いかんせんワークスのそれはヒップポイントがけっこう高めで、高さや角度の調整もできない。高めのアイポイントや着座位置が好きな人なら問題ないと思うが、競技用フルバケットシートを装着するような人からすると、不満が残るだろう。シート自体がいいだけに惜しい部分。あと、ドラポジ関連で言うと、左足用のフットレストは欲しいところ。
ワインディングを夢中になって走っていると、何となくブレーキが心もとなくなってくる。また、がんばって走るとESPやABSが介入しまくるが、もう少し介入レベルを抑えるスポーツモード的なものがあると良い。
総合評価
もっと簡素なバージョンも欲しい
![]()
初代アルト ワークス (1987年)
初代ワークスと比べると、最高出力こそ同じ64psだが、最大トルクは初代(7.3kgm)に比べて3割増しの10.2kgmだし、ボディ剛性が上がって、エアコンが付いて、車重は60kg増しの670kgに留まり、実際に走ってみても公道で楽しく乗るなら、これくらいで十分じゃないの、というレベルのパワー感だ。日常的な乗り心地もけして悪くはないし、S660のようなミッドシップの2人乗りと違って、いざとなれば人も荷物も載せられる。クルマを複数台所有することがますます困難な昨今、一台でなんでも出来るホットハッチのアルトワークスは貴重な存在だと思う。これなら若者のデートカーにもなる(と言っても、もはやそういう若者はいないか?)。試乗中、田舎道で年配の人が乗った地味な色の新型ワークスとすれ違ったが、あれなど今や希少な、豪華なMT車として高齢者が買ったのではないかと想像してしまった。そういう売れ方もあるかもしれない。
ただ、やはりアルトシリーズでは一番の高価格にもなっていて、もうちょっと安かったら、もっともっと若者にも訴求するのではと思ってしまう。例えば、レカロシートを運転席側だけにしたら、10万円ほど安く出来るのでは、とか。まぁそれは極端にしても、パワーウインドウ、パワードアロックはやめるとか、リアシートはさらに簡素にするとか、いっそエアコンレスにするとか。となると、それってワークス「RS」では?と言われそうだが、とにかくもっと安くすれば、さらに関心は高まるはずだ。軽ユーザーとしては税金のわずか年3600円の値上げにさえ敏感なのだから。
軽の販売不振は「買い替えをやめた」のが原因?
その軽自動車税の増税があった2015年度の国内新車販売台数は、いわゆる普通車(登録車)が312万4406台で横ばい、対して軽自動車は181万3328台でなんと16.6%もの大幅減となった。昨年4月からの増税で、その前に駆け込み需要があったことや、やはり自動車税の年間7200円→1万0800円という増税そのものが販売に響いたと見るべきだろう。
しかし、依然として総排気量1L未満のクルマの2万9500円と比べれば、まだ圧倒的に安いわけで、月にしてわずか300円というアップが、それほど販売に影響するのか。あくまで推測になるが、増税による心理的抑制で、「買い替えをやめた」ことが販売不振の理由のひとつと考えた方がいいのではないか。つまり、本来なら昨年度に車検が来て、7年、9年、あるいは11年乗った軽自動車を買い換えるはずだったのが、税金も上がるし、それならもう2年乗ろうか、となったのではないだろうか。軽自動車は生活の「足」だから、そう積極的に買い換えるものではない。そして何より重要なのは、10年前の軽自動車というものがすでに相当に性能が良く、買い換えたくならないのではないかということだ。
ちょうどその頃、新車で買えた
2004年登場の6代目アルトなど、モーターデイズ試乗記では「アルトの密かなライバルはパッソだという。正直なところ、横幅のわずかな差や後席の快適性を除いて、ほとんど同格のクルマになっているように感じた」、「デイズは初代ヴィッツを足にしているが、アルトはもうそれに並んでいる、あるいは追い越した感すらある。もちろん室内の絶対的な広さはヴィッツやパッソが勝つが、一人でチョイ乗りするなら、より小さい分、アルトの方がいい。軽自動車はいよいよ次の次元に入った。」と書いている。
例えば6代目アルトに10年ほど乗って、まだ当時のいいもの感がキープされているのであれば、経年劣化や故障にひどく悩まされてないかぎり、買い換えずに車検をとってもう2年乗ればいい。そう考えたのが昨年度の軽オーナーだったのではと想像する。いいクルマになりすぎた軽は、なかなか乗り換えてもらえない。それは今後も続くジレンマだろう。
また、2014年12月に登場した新型アルトについて、モータデイズでは「新型アルトはもはや日本の軽というより、世界のスモールカーになることを視野に入れて作られたようにも思える」と、その出来の良さを絶賛した。ただ、その良さは、足に使う人たちの購入意欲には、なかなか響かないかもしれない。こんなに良くなっているなら、税金は上がるけど車検を取らずに買い換えようか、という気にさせるだけの、分かりやすさはないのかもしれない。そこに軽自動車の苦しみが、いや軽自動車にかぎらず昨今のクルマ全般の苦しみがあるのでは。いくら良くしても、何が何でも買い替えしようというニーズにならないのだ。
その点、急遽作られた今回の新型ワークスは、数は知れているかもしれないけれど、ニーズが明確に見えたゆえの製品化と言える。いいクルマを作っても、なかなかニーズが出てこない昨今、これが出たら欲しい(実際に買うかは分からないが)という声が上がるクルマさえ少なくなっているが、ワークスには確かにその声があった。それに応えないのは男じゃない、ではなく、それに応えると、きっといいことがある、というのがマーケティングというものだろう。その意味で、ワークスは昨今の販売停滞状況が生み出した幸運な新生児と言えるのかもしれない。
規制が変われば、軽自動車も大きく変わる
1987年に、初めて64psの初代ワークスが出て以来、最高出力の自主規制はもう約30年も続いている。だいたいスズキ・スズライトという事実上初めての軽自動車が登場してから、すでに約60年という、途方もない時間が経過している。戦後70年、憲法すら変えようと言われる昨今、どうしてこう軽自動車は変えられないのか。いや憲法が変われば日本の国が大きく変わるように、規格・規制が変われば、やはり軽自動車も大きく変わるわけで、そこが難しいのは憲法と同じことなのだろう。しかし、このままなら憲法も軽自動車も必ず変わることになる。それがより良い世界の実現への道なのか、単なる茨の道なのかはわからないが。
スバルはすでに自分で軽を作らず、ダイハツの軽を売るだけだし、そのダイハツはトヨタの完全子会社となって、もしかすると、海外では全く売れない軽自動車から撤退するかもと噂をする人もいる。日産・三菱の動向はどうにも不明だし、となると残るスズキとホンダは今後どうするのだろうか。
はっきりしているのはスズキの軽なら、規格が変わって少し大きくなれば、それはそのまま世界で通用するコンパクトカーとなる可能性があることだ。新型アルトに乗り、そしてそのホットバージョンであるワークスに乗って、ますますそれを実感した。ユニークなデザイン力を含め、小さなクルマ作りで頭一つ抜けだしているスズキの今後に、トヨタとの関係を含めて、やっぱり大いに期待してしまうのだ。ところで昨今、メーカーから利益を得て逆ステマ記事を書いている人がいる、という自動車ライター業界の内輪もめがあるようだが、安心してください、もらってませんよ、うちは。いちおう念のためw。